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ジェイ・ティー・マネジメント田中事務所の代表、田中です。日比谷のオフィスを拠点に、起業家、経営者に対し、濃密な支援を行っています。いつでもお気軽にコンタクトしてください。              ※詳しい経歴は、カテゴリ(左バー)の「My Profile & 会社概要」をご覧ください。
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2010年11月20日

◆巨大なバーチャル空間?~「日本的経営」など存在しなかった




※われわれが生きてきた空間は現実のものではなかった。「Ignorance is bliss.(無知は至極の幸福)」・・・。現実を直視することに耐えられず、バーチャルの世界に戻るために仲間の居場所を密告し、記憶の消去を申し出るサイファー(ジョー・パントリアーノ)。・・・『マトリックス』1999年アメリカ映画より

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◆ニュース雑感:

『事業仕分け「賞味期限切れ」か=財源効果失速、関心も薄く』
(時事ドットコム2010年11月17日)

民主党の売り物である「事業仕分け」に、早くも陰りが見えてきているようです。

以前に仕分けられた事業が、“看板”をかけ換えて生き残ったり、ひどいのになると、さらに予算を積み増して、いわゆる「焼け太り」をする形で残っていたりと、その最終成果は惨憺たるものです。

ひとことで言うと「詰めが甘い」わけですが、事業仕分けをシステムとしてとらえ、適切なプロセスを設計し最後までトラッキングする、といった、民間企業の業務では当たり前の発想も、民主党の仕分け人たちにはまったくないようです。

何よりもコストダウンは、“一発芸”で終わるのではなく、恒常的に行っていくことが重要です。民間では、これをTQCや管理会計システムなどの導入で体質レベルにまで高めようとするわけですが、事業仕分けには、こうしたアイデアは影も形もありません。

民主党議員の主な特徴として、とにかく実務・実戦感覚やマネジメント感覚の大幅な欠如が目立ちます。

少なくともわれわれ企業人は、彼らのパフォーマンスやメディアのスキャンダル的な報道に惑わされることなく、実務者としての冷静な視点から、彼らが継続性のあるしくみやシステムを適切な形で構築しているかを監視し、厳しく指摘していくべきだと思います。

○詳細記事
  http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010111700930

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◆本日のコラム

 さて、本日のコラムに参りましょう。

「日本的経営」という言葉があります。本日は、このテーマについて、思うままに綴ってみたいと思います。

「日本的経営」とは、戦後の高度成長期からバブル崩壊あたりまで行われてきた、日本企業に共通する経営・活動形態をさすようです。その主な構成要素は、一般に、三種の神器といわれた「年功序列型昇進・賃金」「終身雇用」「企業内組合」や「家族主義的経営」「稟議・根回し」などのようです。

まずは、これらが前提に置いていることを整理してみましょう。


〔日本的経営(上記要素)の前提〕
◇事業を発展させる資源として「経験則(年功、年齢)」が最も重要である。
◇たとえ優秀であっても、若い人には高い賃金を払わない(年をとってもほぼ無条件に賃金が上がり、払われ続ける)。
◇能力に乏しくても雇用され続けることが可能である。しかも、一定の賃金は保証される。
◇社員は家族であり、みんな仲良くやることが第一義。また、年長者の言うことは素直に聞かねばならない。
◇皆が納得し、全員で責任を分担すること(稟議、根回し)が、スピーディな意思決定よりも優先される。


 普通に考えてみればわかりますが、このようなやり方が通用する環境はなかなかありません。まさに戦後の復興期や高度成長期くらいしか思いあたりませんよね。

そして、現実に、このような環境が、戦後の一定期間、日本に存在したのです。

さらに、これを支えた要因として、日本語というわれわれしか使わない言語や、四方を海に囲まれているといった物理的な条件が防護壁となりました。加えて、戦後、欧米から基本的なアイデアをすべてタダでもらった、という好条件が重なったこともあって、そうした環境がより強固なのものになったのだと思います。

さらに踏み込んでいえば、マインドが成熟することなく図体だけが大きくなった状態(生産工場や販売チャネルなど手足の部分だけが海外へ拡大した状態)を国際化と呼んでみたり、70~80年代に、現象面を見ただけのアメリカの学者に“Japan as No.1”と誉められたりして、カン違いを加速させたのだと思います。

これは、言い換えれば、戦後のある一時期を切り取って、「日本的経営」と信じ込んでいたということです。つまり、きわめて特殊な環境(保護された環境)の下でしか成立しない経営であり、その実態は「周回遅れ」で欧米の背中を追いかけているに過ぎないのだと思います。

 しかし、こうした話をすると、決まって、かつてのソニーや松下、ホンダはどうなんだ、という話を持ち出す人がいます。

私がまずこのような人に言いたいのは、「盛田昭夫さんや松下幸之助さん、本田宗一郎さんらの個人としての資質と日本的経営なるものを混同してはダメ」ということです。

つまり、彼らのリーダーシップや高い国際感覚、燃えるような情熱などが道を切り拓いていったのであって、日本的経営なるものの枠組みが威力を発揮した、ということではないと思います。

 また、民族性や文化によって経営スタイルが異なり、自由主義経済下においてそれが完全に成立し得るのであれば、さらに民族意識の強い韓国の企業を見てみると、それが妥当な意見かどうかが、少なくともある程度は推測できるでしょう。

たとえば、サムスンやLG電子などを見てみると、日本人を含む多数の外国人を幹部クラスでも採用し、徹底的に現地化を図ろうとしています。その振る舞いには、民族的なこだわりや差別はほとんどありません。実際に話をしてみるとわかりますが、彼らには「韓国的経営」などといった意識もあまりありません。
(成果においてライバル企業を上回る、という意識は逆にスゴイものがありますが)

現実として、韓国企業にヘッドハンティングされた日本人のマネージャーや上級クラスのエンジニアもたくさんいます。そして彼ら彼女らには、むしろ「とんがった、おもしろい仕事ができる」(※)と、活力を取り戻して働いているような人が少なくないのです。

 このことは、韓国以外の国の企業の人と話をしてみてもわかります。

韓国企業と同様、中国的経営、インド的経営、フィンランド的経営などといった発想は、彼の地の企業の人たちにはほとんど感じられません。そこには、たんに自らの市場や顧客に応えていこうとする経営があるだけです。

 厳しいことを言いましたので、いままで述べてきたことを悲観的にとらえたり、不快に感じたりする人がいるかもしれません。しかし、実はこのことは、むしろ、若い起業家や、独自の新しいやり方を追求してみたい、世界の人々に貢献していきたい、と考える多くの人にとっては朗報です。

なぜなら、日本的な慣習やスタイルにとらわれることなく、また、そうしたやり方を押し付けようとする人を気にすることなく、「市場や顧客にどうしたら素晴らしい価値を届けることができるか」、「どうしたらお客さまの役にもっと立てるか」に集中して自由にアイデアを出し、ビジネスを組み立てていけばよいからです。

そして、これまで、前提条件のように考えられていたスタイルや慣習が取り払われるのであれば、逆にエネルギーが湧いてくる人は、実はわれわれの周囲には少なくない、と考えるからです。

 とくに、次世代を担うリーダーや元気のある若い人には、時代の“あだ花”に過ぎない「日本的経営」にとらわれないで欲しいと思います。そして、ドラッカーなどが経営の原点と説く、「顧客の創造」「社会への貢献」に焦点をあわせて、自らの能力を存分に磨いていって欲しいと願うのです。



※『ワールドビジネス・サテライト』テレビ東京系2010年11月13日放送分より.


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